L'ORIGINE~フランス料理の源流~ 魯里人

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「魯里人~フランス料理人伝説~」出版!!!

.24 2012 魯里人 comment(0) trackback(0)
「魯里人~フランス料理人伝説~」全四巻が完成しました!!!

 日本のフランス料理の歴史は、永い間1960年代から始まったとされていた。
具体的に言うと、レイモン・オリヴェール、ポール・ボキューズが来日した時を指す。
それ以前には、日本に本格的なフランス料理はなく、洋食の様なものがあったくらいの認識とされていた。
 しかし、日本では今から140年以上も前、明治維新のころから、すでに素晴らしいレベルのフランス料理が作られ、食べられていた記録が、次々と確認されたのである。
 
 それらは、当時のフランスはパリのホテルのメニューと比べても、全く遜色のないレベルの堂々とした料理であった。
 それらの料理は「日本のフランス料理の父」と呼ばれるルイ・べギューや、鹿鳴館そして中央亭の渡邉鎌吉、帝国ホテル初代料理長の吉川兼吉、築地精養軒の鈴本敏雄らの名人たちの手によって、外国からの要人の舌を驚かせるものであった・・・。

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第一巻【鹿鳴館・中央亭・綱町三井倶楽部、築地ホテル・横浜グランドホテル・神戸オリエンタルホテル】
 渡邉鎌吉、宇野弥太郎、岩堀房吉、山越徳玄、眞田英輔
 「日本のフランス料理の父」ルイ・べギュー

第二巻【帝国ホテル】
 初代料理長、吉川兼吉と大倉喜八郎
 第四代料理長、内海藤太郎と林愛作、そして田中徳三郎
 第八代料理長、石渡文治郎と大倉喜七郎
 第十一代料理長、村上信夫と犬丸徹三
 第十三代料理長、田中健一郎
 
第三巻【築地精養軒・喜山、そして宮内庁】
 鈴本敏雄、関塚喜平、関塚康男、菅沼豊明
 秋山徳蔵、中島伝二郎、斎藤文次郎

価格:第一巻~第三巻(小説) 各¥1,470
   第四巻 ¥1995




電話:03-5876-3080
ファックス:03-5876-3081
メール:nomuraabc-gecs.co.jp

パンフレット、サンプル本などご用意してあります。
お気軽にお問い合わせくださいませ。

株式会社エービーシーツアーズ 担当:野村
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八重洲会 

.17 2012 魯里人 comment(0) trackback(0)
「最高西洋料理人技術家協会・八重洲会」とは?
設立:大正12年
会長:関塚康男

 我が国におけるフランス料理の開拓者のひとりである渡邉鎌吉。
岩堀房吉が世話人として、渡邉鎌吉の弟子たちが、京橋五郎兵衛町にあった「ほてい屋」にあつまった。
そして、師が弟子達に残した言葉を遺訓とし、真理とし、そして会の理念とし、毎年集まる事を決めた。
 
 会の名前は「中央亭」のあった場所の八重洲町から取った。

 発足時の会員数は30名位であったと言われている。当時の会員達は、日本のフランス料理界のエキスパート達で、業界の羨望の的であったと言われている。

渡邉鎌吉の遺訓の一部
・人の生命を預かる食べ物の仕事に名誉と責任を持ち、お客様へ奉仕する事に最大の喜びとする。
・天与の食品を調理する事に感謝し、料理技法の最大最高の状態で供する。
・大工は土地を見て、家を建てる。料理は材料を見て、作る。
・料理は人を語る。正しき心は、正しき食物を作る。
・料理とは、天理をもって食物を治るの道なり。
・本当の料理人とは、自然を助けて我を出さず、造物主の真心を深慮し、叡智の愛の手によって、天衣無縫に美禄を訳出する。
*第四巻50ページに全文掲載。

大隈邸内に温室植物園?

.20 2011 魯里人 comment(0) trackback(0)
大隈

明治の料理とは、いったいどのような料理だったんだろう。

.20 2011 魯里人 comment(0) trackback(0)
今蘇る、名人の味

カナッペ
写真は、秋山徳蔵のカナッペを再現したもの。

この他には、築地精養軒の鈴本敏雄のドゥミグラス・ソース
ル・グラン・コントワーの菅沼豊明氏に再現して頂いた。
(本書18~22ページ掲載)

そして、帝国ホテル初代料理長、吉川兼吉の料理の再現
(本書23~30ページ掲載)
大門精養軒の高須八蔵のシュークリームの再現
(本書115ページ掲載)
など、明治の名人たちの素晴らしい世界を、現在の職人に再現して頂いた。

明治25年、日本のフランス料理って・・・?

.13 2011 魯里人 comment(0) trackback(0)
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写真右は、鹿鳴館で行われた天長節、渡邉鎌吉のメニュー 1893(明治26年)
写真左は、パリのグランドホテル・ベルディエールのメニュー 1892(明治25年)

「魯里人第四巻」16ページ・17ページ掲載

同年代の日本とフランスのメニュー
今から120年前、日本とフランスとの、フランス料理は、どちらも損初kのない同レベルであった事が伺える。

しかも、エスコフィエが「ル・ギド・キュリネール」を出版する10年も前である事が驚きだ!

明治期に名人と言われた五百木武四郎は、こう語っている。
「我が国においても仏蘭西料理が学ばれ始めてから久しい。
今日においては、その技術の発達せる。あえて本物の仏蘭西に譲らざるなり」
と自負している。
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