L'ORIGINE~フランス料理の源流~ La cote d'or(ラ・コート・ドール)

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レストランは「今」

.22 2010 La cote d'or(ラ・コート・ドール) comment(0) trackback(0)
静かな街ソーリューにラ・コート・ドール(現在はベルナール・ロワゾー)がある。
中に入ると、昔のイメージと大きく変わっていない。

何枚か写真を撮っていると、ドミニク・ロワゾーが現れた。
私は目を疑った。
もう、最後にお会いしてから、かなりの年月が経っているはずなのに、
今、目の前にいる彼女は、昔とほとんど変わっていなかった。

―最近の料理の傾向を、どの様にご覧になっていますか。
料理がだんだん、写真家が好むものになって来ていると思います。
見た目は大切ですが、それが全てとなってしまって、料理に悪影響を与えるのは、よくない。
材料の味を大切にする事、行き過ぎた盛り付けはダメだと思います。

ひとつの皿に、4つも5つも材料を混ぜるのではなく、純粋でピュアなものでなければならない。
材料をたくさん使いすぎる事は良くない。
ベルナール・ロワゾーの場合、3つの材料だけで料理をうまく作っていた。

今でも、それは守られている。
メニューの半分は、現在でも彼の料理を出しています。
だから、ロリジンが出版される事は、私にとっても、とても嬉しいことです。

しかし、当時の料理のように、ソースがお皿一面に敷かれている事は、ありません。
今、私がシェフと話している事は、かけるソースは最小限にし、
後は別の器に入れ、お客様の好みで、自分でかけられるようにする、ということです。

ソースはとても美味しいものです。
お客様には、それを再認識してもらうために、別に添えるようにしているのです。


彼女は昔、ジャーナリストの仕事をしていたという。
彼女とのインタビューは、とても楽しい。

全ての話を聴き終わったとき、私はあの“偉大なるシェフ、フェルナンポワンの夫人”
を思い出していた。
マダム・ポワンはフェルナン・ポワンが亡くなった後も、長い間3ツ星を失う事はなかった。
彼女は、ポワンの料理を、全て舌で覚えていた。
そして、シェフにそれを再現させたという。

ベルナール・ロワゾーがなくなってからも、この店はずっと3ツ星を維持し続けている。
ドミニクの明晰な頭脳と舌、そしてエレガントな情熱とが、その奇跡を成し遂げさせているのだろう。

この後、ポール・ボキューズのところを訪れた時、彼の師匠フェルナン・ポワンと夫人の話が出たが、
彼はこういった「ベルナール・ロワゾーのところと同じだよ」
loiseau.jpg
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星を越えて羽ばたいた天才料理人

.06 2010 La cote d'or(ラ・コート・ドール) comment(0) trackback(0)
パリより南へグルメ街道と呼ばれているところに、「ラ・コート・ドール」がある。
コート・ドール1


私が始めてここを訪れたのは、まだ2ツ星の時であった。
「ソーリューに凄い料理人がいるよ」と聞き、
ラムロワーズとラ・コート・サンジャックの間に立ち寄る事にした。
ここは、かの偉大な料理人、アレクサンドル・デューメの美食の館であったところ。

料理は本当に新しい感覚に満ち溢れていた。
ロワゾーを一躍有名にした「野菜とオマールのテリーヌ」
テーブルに料理が置かれたとき、その美しさに目を奪われた。

オマール海老は、綺麗な半透明であり、アリコベールの緑とニンジンオオレンジ、
そしてキャベツの緑、パプリカの赤、海草の黒、と見事なコントラストである。

しばらく目で楽しんだ後、ひと口頬張ると、オマール海老の甘さに先ずビックリした。
海の香りも素晴らしい。
本当に凄い料理人が又、一人誕生したと実感した。

マダムがサーヴィスに出られていたので、
料理の素晴らしさを伝えると、にっこりとされた。
私は「この料理は完全に3ツ星のものなのに」と言うと、
マダムは軽くため息をつき、「3ツ星を撮る為には、料理だけではなく、
インテリアや席数など、様々なものが基準に達しないとダメですの」と

1981年に2ツ星を獲得してから、なかなか3ツ星には慣れなかった。
1985年に「ゴーミヨ」で19.5点(20点満点中)を得たが、3ツ星は手に入らなかった。

その後、日本円で5~6億円をかけて大改装をした。
結果、翌年ようやく3ツ星レストランの仲間入りを果たした。
3ツ星になった年は、前年の2倍の売り上げになったそうだ。

ベルナール・ロワゾー

シェフのベルナール・ロワゾー氏は「キュイジーヌ・アロー(水の料理人)」と言われ、
素材を調理したときに出る水分で調理をしようと、
極力、油やバターの使う量を減らそうとした料理人だった。

ここで食べた多くの料理のソースは、本当に透き通るような感じのものだった。
しかし、風味はしっかりとしている。
そして食べた後の胃袋への負担が極めて低い、優しい料理だった。

彼の燃えるようなエネルギーを「料理人」の枠の中に閉じ込めておく事は出来なかった。
「料理人として世に認められるためには、優れた調理技術だけでは中々出来ない。
メディアとのジョイントなどを含めた経営者としてのノウハウを持たなければならない」と語っている。
そして、食品部門などにも手を広げて行き、
1998年には、会社を二部上場まで、成し遂げてしまった。
これはもう、料理界の革命的出来事であった。

私はあるとき、彼の出演しているフランスのテレビ番組を見たことがある。
色々な食材が持つ、豊かな味を優しい笑顔で教えていた。
子供達が彼を見る目も、とても親しげであった。
ベルナール・ロワゾー氏の内面は、こんなにも優しいのかと感動を覚えた。

その彼が52歳でこの世を去った事を、心より悼む。
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