L'ORIGINE~フランス料理の源流~ 2010年07月06日

スポンサーサイト

.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レストランは「今」

.06 2010 L'Auberge du Pere BISE(オーベルジェ・ド・ペール・ビーズ) comment(0) trackback(0)
ジュネーブから車で1時間。
ヨーロッパで随一の透明度を誇るアンシー湖畔に着く。

オーベルジュ・ド・ペール・ビーズは美しいアンシー湖の光を受け、私たちを迎えてくれた。
ここは、いつ来ても静寂に満ちている。
荷物を部屋に置き、湖畔に設けられたテーブルに座る。

まず、ここに30年いるマネージャーのクロードに話を聞いた。

―ビーズ家の歴史について。
3ツ星シェフは皆、友人関係を築いています。ボキューズもよくここいらっしゃいますよ。
昔は道路がなかったので、皆ここに来るためには船で来ていました。
この地に、レストランを創ったのが、フランソワ・ビーズ。
ここにレストランを建てたのは、当時ここの土地が高くなかったからなんです。
当時は何もない所で、アンシーより遠く離れれば、それだけ土地が安かったんですよ。
料理は、彼の妻マリー・フォンテーヌが作っていた。

その後を継いだのが、マリウスとマルガリータ。
マリウスが経営をし、妻のマルガリータが料理を作った。

マルガリータが3ツ星を獲り、息子のフランソワとシャルリーヌが、それを継いだが、
偉大な母の影を超えられないジレンマの様なものが、いつも彼を苦しめていた。
しかし、彼は3ツ星を維持し続けた実力のあるシェフだったんです。

そして、今のソフィーが四代目。
ビーズ家は四代続いているが、その内3人が女性シェフです。


―長い間、ビーズ家の料理の変化を見続けているんですね。
1981年から、私はここにいます。
ここ、ペール・ビーズは初代から、今の料理まで、味は維持しています。
当時の味をそのまま出しています。昔からのお得意様のために、それは守っている。
皆、お気に入りの料理を食べに来てくれます。

昔は、一皿の量が多かったが、今のお客様はいろいろなものを少しずつ、
と希望されるので、それに合わせて料理を出しています。
当時は、オードブル・メイン・デザートと、それぞれ量の多いものでしたが、
今では一皿、ふた皿でも多いというように嗜好が変わってきている。

それはマルガリータからフランソワの時代の移り変わりと同じだと思う。
始めの料理は、鶏の丸焼きや、魚も焼いただけのものだっが、
マルガリータは、クリームやバターのソースを使ったものに変わっていった。
それがフランソワの時代には、ヌーベル・キュイジーヌの流れの中で、軽いものに変わっていった。
彼の料理は、伝統料理とヌーベル・キュイジーヌの間の位置にあったと思う。

ペール・ビーズ
(写真下、中央ロリジンの頃の料理、右2010年の料理)
同じ料理だが、時代に合わせて盛り付けが変わっているのが、わかるだろうか。
しかし、味は以前と変わらず、最高のものだった。


翌日、前日は不在だった現シェフ、ソフィー・ビーズにインタビューさせて頂いた。

―帝国ホテルでのセミナーにて集めたアンケートについて、
ろりじんの料理とフュージョン料理を見せ、どちらが食べてみたいか。というアンケートをとりました。
今の料理とロリジンの料理、どちらが支持を得たと思いますか。
ソフィーは「100人中、ロリジンの料理が40%で、今の料理が60%ですか」と答えた。

―参加者全員が、昔の料理が食べたいと答えたんですよ。
理由は、ロリジンの料理は温かみがあり、素直においしそうだ。と言うアンケート結果でした。

すると、彼女は大きくうなずき、こう話した。
「時代が違うので、もちろん今の料理は、昔のものとは変わっている。
分子料理を始めとして化学的な要素が入ってきている氏、昔と今の料理を比べて、
技術も向上しているので、味も変わってきていますよね。
しかし、私は昔の料理の方が、味は好きです。昔の味を大切にし、今の料理を出しています。
お客様に満足してもらえる料理を作る事が、一番難しい事ですね。
基本を、やはり解かっていないと、向上できません。」




スポンサーサイト
 HOME 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。